MENU

自己破産しても立ち直れるのか?|家族に救われた僕の再出発ストーリー

目次

自己破産した私が伝えたいこと

この記事を書こうと思った理由

「破産しそう〜」って軽く言う人、いますよね。
でも本当に破産するって、そう簡単な話じゃありません。

私自身、自己破産を経験するまでは、正直どこか他人事でした。
周りにも破産した人はいなかったし、どこか「ギャンブル好きの人がするもの」「自堕落な人が陥るもの」って偏見を持っていたんです。

でも、実際に自分がその立場になって初めてわかったことがあります。
それは、「自己破産は、再出発の手段であって、人生の終わりじゃない」ということです。

多くの人が、世間体や家族の目を気にして相談できず、ズルズルと苦しんでしまう。
それは本当にもったいないことだと思います。

私がこの体験を書こうと思ったのは、そんな人に「大丈夫。立ち直れるんだよ」と伝えたかったからです。

結論から言えば、立ち直れる

でも、条件はあります。覚悟も必要です。

私は家もお金も失いました。
でも、家族は守れました。
プライド? そんなもの、自己破産の手続き中に粉々になってます(笑)

独身なら失うものは少ないかもしれません。
けれど家族がいる人には、特有の葛藤がある。
私は、妻に話すときが一番怖かったです。

ちなみに、よく「FXやギャンブルは自己破産できない」と言われますが、裁量免責という仕組みで認められるケースは多いです。

私自身、FXによる損失もありましたが、弁護士に相談したら「90%以上は免責されてる」と言われました。

相談料は5,000円前後から。
正直、切羽詰まってるとその5,000円すら惜しい気持ちになりますが、それをケチって後悔する前に、ちゃんと相談したほうがいいです。

自己破産した当時のリアルな状況

私が自己破産に至った原因は、投資詐欺でした。

物販ビジネスをしていた当時、コンサルでお世話になっていた方や、コンサル生として知り合った信用できる人たちから、ある投資案件の話を紹介されました。それは「物販投資」と呼ばれるもので、「資金を預ければ自動で仕入れや販売して回してくれる」「クローズドな高利回り案件」といった、いかにも成功者だけに紹介されるような雰囲気がありました。

当時、事業拡大のために金融機関から融資を受けたばかりで、「このお金をどう使おうか」と考えていたタイミングでもありました。そんな中で持ちかけられた話。利回りは異常に高かったですが、「こういう特別な案件って、表には出ないものなんだろう」と思い込んでしまいました。

正直、まともに調べもせず、紹介者たちを全面的に信じてしまい、合計5000万円以上を投資しました。今考えれば、常識を欠いた判断でした。

しかし、投資してから3ヶ月後、突然入金がストップ。最初は「たまたまだろう」「紹介者が何とかしてくれるだろう」と思っていました。そう、今思えば、完全に現実逃避していたんです。実際には紹介者たちも同様に騙されており、投資先の方とはすでに連絡もまともに取れなくなっていました。

投資先の担当者からは「来月には振り込みます」という嘘のような言葉が毎月届き、その度に「もしかしたら本当に…」と淡い希望を抱いてしまう。けれど、当然振り込まれることはありませんでした。

日々、胃がキリキリと痛む。夜も眠れない。シャワーを浴びているとき、ふと「自分に保険金をかけて命を絶てば、家族が助かるのでは」と考えてしまったことすらあります。もちろん、そんなことを実行する勇気もなければ、家族の顔が頭をよぎって、どうしても踏み切ることはできませんでした。

それでも、現実は待ってくれません。毎月の返済額は徐々に増え、最終的には100万円近くに。もうどうにもならない、これは逃げられない――そう感じた私は、ついに自己破産を決意しました。

自己破産直前の葛藤

決意したとはいえ、一番悩んだのは「家族にどう伝えるか」でした。

特に妻は、どちらかというと周囲の目を気にするタイプ。これまで築いてきた信頼や、生活、家族の未来に対して、自分の失敗が影響してしまう。そう考えると、なかなか口に出せませんでした。

けれど、現実を隠して生活することにはもう限界がありました。意を決して、妻に話しました。

そのとき、妻はこう言ってくれました。

「最近、様子がおかしかったから、何かあるとは思ってた。一人で抱え込んでたんだね。ごめんね。」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられました。妻は怒るでも責めるでもなく、むしろ私を気遣ってくれたのです。

その後、妻が実家に電話して泣いている姿を見たときは、本当に胸が苦しくなりました。でも、それでも妻は私を責めなかった。これは、どんなに救われたことか分かりません。

また、私の母や姉に打ち明けたときも、驚きこそあれど、前向きに「これからどうするの?」と声をかけてくれました。誰一人として、否定する人はいなかった。それが、どれほど心の支えになったか、言葉では言い表せません。

手続きとその後の生活

弁護士に相談したときは、まだ多少の資金的余裕もありましたが、「返ってくる保証がないなら早めに動いた方がいい」とアドバイスをもらいました。特に、当時妻が出産を控えていたこともあり、「今のうちに引っ越しなど生活の変化に慣れておくのが大切」とも言われ、納得のうえで手続きを依頼しました。

破産の手続きを始めると、弁護士から「受任通知」が債権者に送られます。これにより、基本的には取り立てなどがストップします。私の場合、毎月しっかり返済していたこともあり、派手な取り立てはありませんでしたが、一部の金融機関からは自宅まで来られたこともありました。

ある信用金庫の職員が、インターホンを鳴らし、家の外でしばらく待機するという出来事もありました。恐怖を感じた妻の様子を見て、急いで弁護士に電話すると、「そのような行動はルール違反なので、すぐにこちらから連絡します」と対応してくれ、事なきを得ました。

その後は、債権者とのやりとりは弁護士が対応してくれるので、私は家計の詳細や口座の履歴、財産状況などを丁寧に提出するだけでした。

手続きの流れとしては、裁判所での面接から「破産手続開始決定」、そして財産がある場合は破産管財人がつき、数ヶ月の調査や債権者集会を経て、最終的に「免責決定」が下ります。免責が認められれば、すべての借金から解放されることになります。

今でも、あの経験を思い出すと苦しくなる瞬間はあります。でも、家族がいてくれたから、乗り越えることができました。そして、どんなに辛くても「命を絶つことが最善ではない」と、本気で思えるようになりました。

自己破産後、人生はどう変わったのか?

失ったもの/守れたもの

自己破産によって、私が失ったものは確かにあります。まずは「お金」。そして、家族で住んでいた「持ち家」。この二つは、物理的に、そして現実的に失ったと実感できるものでした。

しかし、それ以外に関しては、「失った」と言えるものはほとんどありませんでした。むしろ守れたものの方が圧倒的に多かったのです。

まず、家族の生活。毎月100万円近い返済に追われる生活から脱却できたことで、家族にこれ以上の精神的負担をかけずに済んだことは、本当に良かったと思っています。妻や子どもたちと過ごす時間も、以前より穏やかで、かけがえのないものになりました。

私自身、妻のことはもともと信頼していましたし、生涯を共にする相手として、心の中で確信を持っていました。けれど、今回の件を通じて、その気持ちはより一層強くなりました。破産という大きな試練の中でも、妻は私を責めることなく支えてくれた。これほど心強いことはありません。

引越しの際、長女は転校を余儀なくされました。彼女にとっては友達や先生との別れがありましたし、私はとても申し訳ない気持ちでいっぱいでした。でも、引っ越し先は以前長女が通っていた保育園の近くにであったこともあり、転校先のクラスに知り合いもいてすぐに馴染んでくれて、楽しそうに過ごしている様子を見て本当にホッとしました。

住まいは以前の4LDKから2LDKになりました。最初は窮屈さを感じることもありましたが、不思議なことに、家族との距離が近くなり、以前より会話やふれあいの時間が増えたように思います。収納スペースが少ない分、妻は毎週のように模様替えをしており、生活に工夫と楽しさが生まれました。

感情のアップダウンと立ち直りのきっかけ

正直、自己破産の手続きを進めている間は、感情のアップダウンが激しく、うつ状態になりかけたこともありました。

それでも、「いつかまた家を買いたいね」と妻と話し合っていたことが、私にとって希望の光になっていました。妻は気が早く、免責が出る前から「私の名義でローンが組めないかな?」と家探しを始めていました。私は「まだ早い」と思いつつ、はっきりと止めることもできませんでした。でも、そんな未来への前向きな姿勢が、家庭全体に明るさをもたらしてくれたことは間違いありません。

そういった悩みを打ち明けられる友人がいたことも、私を支えてくれました。誰にも話さずにいたら、きっと精神的に限界が来ていたと思います。

自己破産後は個人事業主としてリスティング広告の運用を続けていましたが、収益には波がありました。売上が少ない時は不安に押し潰されそうになることもありましたが、「いつかサラリーマンに戻るかもしれない」と思い、簿記2級の勉強を始めて資格を取得しました。

再起に向けて始めたこと

免責が認められてから、妻の強い希望で結婚式の準備を始めました。本来なら経済的な理由で後回しにしたかったのですが、妻は「今だからこそやろう」と、半ば強引に話を進めました。でも、今振り返ると、そういう性格の彼女だからこそ、私もずるずると後回しにせずに動けたのだと思います。

とはいえ、結婚式の費用は想像以上にかかり、「これは本格的にサラリーマンに戻るしかないな」と覚悟を決めて転職活動を始めました。200社以上にエントリーし、190社以上は書類で落ちました。37歳という年齢のハードルは、想像以上に高かったです。

それでも、ようやく内定をもらった企業に入社し、配属されたのは希望とは異なる広告運用の部署でした。希望は経理でしたが、「採用されたこと」が何よりもありがたかったです。給料は決して高くありませんが、安定した収入を得られることは大きな安心材料です。ここから少しずつ、貯金を増やしていきたいと思っています。

自己破産しても立ち直るために大切なこと

現実を受け入れること

まず大切なのは、「現実を受け入れること」です。自分を責め続けても何も解決しません。認めることこそがスタートラインだと、今ならはっきり言えます。

私自身、プライドが邪魔をして、相談が遅れてしまったことを悔やんでいます。自己破産にも弁護士費用などがかかるため、本当にギリギリになる前に相談するべきです。完璧主義にならず、早めに動いた方が結果的に被害も少なく済みます。

調べてみると、年間の自己破産件数は7万件以上あるそうです。自分だけが特別なわけではありません。「結構いるんだ」と思うことで、少し気が楽になります。

家族・周囲の支えに感謝すること

そして、支えてくれる家族や周囲の人たちへの感謝を忘れないこと。妻の存在がどれだけありがたかったかは、何度書いても足りません。

また、友人など、話を聞いてくれる存在の大切さも実感しました。辛いことは、ため込まずに吐き出す。それだけで心が少し軽くなるものです。そして、その時は「聞いてくれてありがとう」と感謝の気持ちを伝えることも忘れないようにしています。

お金との向き合い方を見直す

今、私は「うまい話はない」と心に刻んでいます。特に簡単に理解できる話で「これは絶対儲かる」というものは、ほぼ100%危険です。

リスクをとるべきタイミングはあるかもしれませんが、その際も、必ず自分で調べてリスクを最小限に抑える努力をすべきです。以前の私は、信頼していた人の言葉を鵜呑みにしてしまいましたが、今はどんな話でも、自分で裏を取るようにしています。

まとめ|自己破産は終わりではなく“通過点”

自己破産は確かに人生のリセットボタンです。しかし、それは終わりではありません。自分の価値は、借金の有無で決まるわけではないのです。

もちろん、借金ができた経緯や原因をしっかりと分析し、反省し、改善していく姿勢は必要です。けれど、それを過度に恥じる必要はありません。

過去の自分にひとつだけ伝えられるなら、「プライドなんか捨てて、早く誰かに相談しろ」と言いたいです。自己破産に対する偏見を持たず、選択肢のひとつとして冷静に捉えることが大切です。

この記事が、今まさに悩んでいる誰かの背中を少しでも押せる存在になれたら嬉しいです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次